1. なぜ税務デューデリジェンスが重要なのか
M&A、特に株式譲渡のスキームでは、買い手は対象会社の株式を取得することで、会社が抱える資産・負債・契約関係・税務リスクを丸ごと引き継ぐことになります。決算書に表れていない過去の税務処理の誤りや未払いがあれば、買収後に買い手がその負担を背負うことになりかねません。税務デューデリジェンス(税務DD)は、こうしたリスクを事前に洗い出すための調査です。
2. なぜ中小企業は「簿外債務」が発生しやすいのか
上場企業は会計基準(企業会計)に基づいて決算書を作りますが、中小企業の多くは税務会計(法人税法上、損金算入が認められる範囲)を基準に決算書を作成しています。将来の支払いが確定していない費用(退職給付引当金・賞与引当金など)は、税務上は損金にならないため、あえて計上しない会社が少なくありません。これが、決算書には表れない「簿外債務」を生む主な原因です。
実務メモ:中小企業M&Aで最も頻発する簿外債務は「未払い残業代」です。恒常的なサービス残業がある会社では、賞与を多めに払うことで実質的に埋め合わせているつもりのケースもありますが、法的には未払い残業代として最大3年(賃金の消滅時効)分の請求リスクが残ります。財務DDの数字だけでは発見しにくいため、就業規則・賃金規程・勤怠記録を確認する労務DDを別途行うことが推奨されます。
3. 税務DDで確認する主な項目
- 過去の税務申告内容の適正性……法人税・消費税・源泉所得税などの申告書と会計処理の整合性
- 税金の未払い・滞納の有無
- 引当金の計上状況……賞与引当金・退職給付引当金・貸倒引当金など、税務上は否認されがちだが実質的な債務性がある項目
- 現金取引の多寡……証憑が残りにくく、将来の税務調査で指摘を受けるリスクの目安になる
- 資本金の水準……資本金1億円超は外形標準課税の対象になるなど、資本構成による税負担への影響
4. 発見されたリスクはどう扱われるか
税務DDで発見された潜在的なリスク(追徴課税の可能性、未払い残業代など)は、金額を定量化したうえで買収価格(バリュエーション)に反映させるのが基本です。金額が大きい場合は、買収価格の減額交渉や、最悪の場合は取引自体の見送りにつながることもあります。
価格調整だけで対応しきれないリスクについては、最終契約書の表明保証条項で手当てします。売り手が「簿外債務がないこと」等を表明・保証し、契約後にそれが事実と異なることが判明した場合は、売り手が損害賠償責任を負う、という仕組みです。ただし表明保証条項に明記されていない事項は契約後に問題になっても対応できないため、条項の網羅性が重要になります。
5. 繰越欠損金の引き継ぎには制限がある
買収対象会社に繰越欠損金(VOL.16参照)がある場合、それを引き継ぐことで将来の税負担が軽減されるメリットがあります。ただし、租税回避を目的としたM&Aによる欠損金の利用には一定の制限があり、支配関係の継続年数や事業の継続性などの要件を満たさないと、繰越欠損金の引き継ぎが制限されることがあります。「欠損金があるから買収価値が高い」と単純に判断するのは危険です。
6. 実務のポイント
中小企業のM&Aでは、売り手自身が簿外債務の存在に気づいていないケースもあります。売り手側であっても、譲渡前に自社の決算書・引当金・未払い残業代の有無を確認しておくことで、交渉をスムーズに進められます。
M&Aを検討されている場合は、買い手・売り手いずれの立場でも、税務DDの範囲や進め方について早めにご相談ください。